内職を通じた成長が不安感から救っていった。

前回言っていた通り、ランサーズというものは何なのかについて説明していきたいと思います。私はhttp://electoneteacher.com/?page_id=215様に習い、最終的には週四日休み、一日7時間程度の作業で大卒
の方がいただける初任給程度の額を得ることに成功しました。まず、簡単に言いますとランサーズは一般の方が遠距離でなかなかできない仕事や、なるべく技術力のある方を募集する媒体となるサイトのことです。非常の厳密にできており、個人情報や個人的やり取りがなくても作業をすすめることができます。更に件数が圧倒的に多く、スキルを必要とする業務でも、しっかりサポートしていただきながらスキルを伸ばせる案件もあります。例えばホームページの作製やロゴの作製といった案件は個人的にセンスや技術が必要となってきますが、ライティングや調査員といった仕事は、信頼に応じて仕事が増えていきます。通常仕事をするときと同じ原理です。どんどん仕事が増えていき、自分に自信が出てくることでしょう。企業のネーミング等は、信頼関係が大きく関わる案件なので、スキルややりがいに繋がりやすいと思います。私は当時ジャーナリストに興味があり、自分の土地でしか調査できないものを調査し、報告する案件をこなしていました。どんどん以来の記事数やお金が増えていき、自信がついていったのを覚えています。さらに時間の拘束がないため、疾患者も自分のペースで体調に合わせた仕事が可能です。一時的な金銭を稼ぐ手段として、あまり継続的にやりたくない場合は、単発の案件も多数あり、この場合は給料が少ないですが選考等もないため、気楽に参加することができるでしょう。いずれにせよパニック発作患者は外で仕事をすることが非常に難しいです。周囲の理解も少ない中で、そう毎回体調不良を訴えることもできないと思います。なのでランサーズにより、一時的、もしくは継続的に何かやってみることをお勧めします。何かやってみたい。というちょっとした感覚で覗いても、日常生活ではあまり見ない仕事が多く、楽しく仕事を探せると思います。更にランサーズでの仕事に慣れてきたら、今度は自分から仕事を提案するココナラもやてみると良いでしょう。これは設定金額を自分で決め、求めている人に対する仕事をするというものです。自分の裁量ですべて決まりますが、自分のスキルがどの程度か諮る指標にもなると思います。しかし、内職ワークでは得られる報酬に限界があることに途中で気づくと思いますので、私は統合失調症とネットビジネス様を参考に、http://www.okanekaseguzo.com/にチャレンジしました。自宅で安定収入を得ることができ、病気がみるみるうちに快復しました。いろいろな薬や治療法を試しましたがさほど効果がでなかったのに。お金があることでいろんな不安を解決できたのが回復の要因だったと思います。あまり焦らずゆっくりとやることをお勧めします。そのうち自分が乗り物に乗ってみたい。人と向き合った仕事がしたい。と感じるまでゆっくりとやってみましょう。

皆さんの周りに潜む精神病。ギャンブル編

自分は二十歳の頃、競馬と出会いました。
二十歳になって煙草を覚えたのですが、競馬も覚えちゃいました。

自分はゲームは、すごい好きだったのですが、
ギャンブルは命の次に大切なお金を対象にして遊ぶので
緊迫感が段違いで、そういうところが魅力でした。
ゴール前の、これで全てが決まる。的な
ゴゴゴゴゴという馬の足音の轟音が
たまにテレビで競馬番組がやっていると
今でもドキドキします

それでも、その頃は、良い面もありました。
負けた馬券を眺めていると、悔しくて悔しくて
競馬に負けた悔しさをバネにして
(浪人していたので)大学の受験勉強に励んでいました

結果、割と良い大学へ進学出来ました
大学生活も上手くいきませんでしたが
負けた馬券をバネにすることは出来ませんでした
大学は家から出た場所にあったので
生活費がかかるのですよ
そんなにはもらえませんでしたが
それでも自分には大金で
少々競馬に使っても
生活費の方が大変で上手くいきませんでした
大学時代は競馬狂を気取っていましたが
やったのは3~5回くらいでした。すいません

現在まで通じて 最後の競馬は中負けしました
その頃、精神病も患いました
入院した病院の主治医から
競馬はドクターストップかかりました
親の金でギャンブルをする罪悪感はひしひしとあって
それをきっかけとしてギャンブルはやめました

しばらくしてから思ったのですが
ギャンブルに狂っているから精神病院のお世話になるのではなく
精神病院のお世話にいるような奴だからギャンブルに狂うのではないか。と
「我が家の母はビョーキです」の作者の中村ユキ氏の父親は
ギャンブルばかりやっているのですけれど
それもまた精神病が絡んでいるのではないか?と思ったりもしました
「我が家の母はビョーキです」のビョーキのお母さんは
ビョーキの危険因子があったので、ビョーキの危険因子が
ギャンブルに出ていたお父さんと類を呼んで結婚したのでは?
なんて考えていた日もありました

ギャンブルはただのお金のやりとりだけなら
また違うのかもしれませんが
ギャンブルで勝ったお金は身に付きません
僕の中で「悪銭身に付かず」は真実で
ギャンブルで勝ったお金をろくなことに遣ったことがないのです。自分
勝つにしろ負けるにしろ 損はしているようなもので
だからずっと辞めたくて
きっかけもなくて
発病をきっかけに辞めたタイプです。自分

なので、常軌を逸してギャンブルに熱中している人が身近にいるなら
精神病院へ繋げてあげるのも一つの手段ではないか?
と、思っています

精神病で用いられるお薬。注射剤(デポ剤)ハロマンス編

自分は精神病になって、入院して自分は精神病なのだ。と
病識は持てたものの。お薬をちゃんと飲むことがなかなか出来ませんでした
最初の入院の後は、また調子が悪くなれば飲めばいい。とか考えて
見事に再発しました。調子が悪くなってから飲んだのでは遅いみたいです。
お薬の服薬は再発を予防するためでもあるので
調子が悪くなれば良い。ではなくて、調子が悪くならないために
飲まなければいけないみたいです

そうして、再発して2回目の入院をしました。
二か月くらい入院して良くなって退院。
べてる関係の書籍で、「ハイ入院しました。」「お薬効きました。」「良くなりました。」は、
予後が悪いみたいに書いていましたが、自分も予後は悪いですね。
精神病になって10年以上経過し、症状は慢性化しております。

2回目の入院の後は、お薬を飲む意識に目覚めたのですけれど、
お薬はご飯を食べてから。という金科玉条みたくなっていて、
ご飯を食べ忘れると、お薬も飲み忘れるんですよ。
ご飯を食べてひと段落、着いちゃってお薬を飲むのを忘れたり
結果、3回目の入院ですよ
再発というより 陰性症状がひどくて 何も出来ないし、辛いし。
で入院へ逃げました。

3回目の入院中から、服薬をちゃんとしないのでって
注射剤(デポ剤)(ハロマンス)を注射することになりました。
自分も神経が過敏になったりするもので、Aの効用だと思います。
ジプレキサとかはBとCの症状への対処なので
そういう意味でも貴重です。
(Aの効用は「神経の過敏さ興奮を和らげる」
Bの効用は「幻聴・幻覚・妄想を和らげる」
Cの効用は「意欲をひきあげる」
「統合失調症 正しい理解と治療法 伊藤順一郎監修」より)
後、デポ剤を注射すると、常に体内にお薬があることになるので
服薬も安定しました。
服薬を怠りがちな自分は
体内にお薬があるとちゃんと服薬したくなるらしいです。
今ではちょっとジプレキサを飲み忘れると、
寝られなかったり調子崩したりします。
お薬の種類を減らすのに
やっと減ったジプレキサもまた増えた今日この頃でありました。

精神の入院治療

自分は計3回、精神病院に入院していて
精神病の治療の王様ともいえる。入院治療について書こうと思います

まず、入院すると病識が持てます。
ああ。俺って精神病患者なんだ。
精神病院に入院して肩に注射を打たれて眠って起きた。
二日目にそう思います。
中には入院しても自分が病気だと認めない人もいるみたいですが、
自分は二日目に突き付けられました。

精神病院の入院で、保護室という部屋の存在があるのですが、
格子みたいのがついていて、扉には鍵がかかっていて、部屋からは開けられない。
外からしか開けられない。ご飯は下の隙間から入れられるという独房みたいな場所で、
強烈な場所です。強烈な場所なんですが、その強烈さ故に自分にとっては
ショック療法みたいなところがありました。
入院治療の治療の一つに規則正しい生活をおくらされる。という面があります。
そこにも保護室の存在がからんでいます。
保護室に入れられて、不規則な生活を強引に矯正するのです。
自分は、基本生活が不規則なので、最初は保護室に入れられて強引に
生活を規則正しくさせられることなしには
入院生活のペースにあわせられにくいタイプだと思います。

精神病院の入院のメリットの一つに、
精神病患者が集まって暮らす。という現象があります。
普段、精神病が絡んだ施設でも行かなければ、
なかなか同じ病気の人と出会えません。
なので、精神病患者が暮らす精神病院へ入院すると
同じような病気の人と出会うんですよね。
だから自分も精神の病気だと思うと同時に
他にも同じような病気なんだ。と共感するのです。
自分は統合失調症を患っているのですが
百人に一人の確率で起こる病気であり
日本にざっくり約100万人の患者さんがいて
慢性の病気なので、患者数は癌と変わらないと
言われているのです。

僕の最初の入院は
他はノートに文章を書いたり、置いてあった小説を読みまくって
煙草だけが友達であるかのように 煙草を吸いまくっていたら
終わりました。

マイナスパワーをプラスに用いる

精神の病なんかはマイナスの心境ばかりで嫌になるのですが、
マイナスのエネルギーも強いエネルギーになる。だなんて読んだことがあります。
例えば嫉妬。中野信子著「生きるのが楽しくなる脳に効く言葉」p30~p31に、
「嫉妬」や「妬み」を感じる人ほど生きる力がある。とあります。
p32には「「強い妬み」ほど、使い方次第で自分を変えるエネルギーになる」ともあります。
僕は大学時代に精神病を発病したのですが、その前はひきこもり状態で、
普通に大学へ通っている人が羨ましくてしょうがありませんでした。
でも今思うとそのおかげで(病気も発症しましたが)自分を一回ぶっこわして、
自分を再構築出来た気がします。
それまでは他人という存在の認知が希薄だったのですが、とてもとても輝いて見えます。
今でも障害を持つ身だからかもしれませんが、
健常者ってすごいなー。だって色々なことに打ち込めるんですよ。
心底、すごいなー。と思います。
地活で、これくらいの量(作業)健常者は一人でこなせるんですよね。と言ったら、
お小言を言われたりもしましたが。
他にもバリバリ頑張る芸能人とか羨ましくてしょうがないです。
なのですが、あの芸能人。なんでもバリバリ出来て羨ましいなー。
敵わなくても、あの芸能人の何分の一かでも頑張りたいなー。と思うと、
本当に何分の一かなんですが頑張れるんですよね。
これが、僕なりの「嫉妬」というマイナスの感情のプラスの使い方です。

「女性は「やけ食い」男性は「孤独」男女で異なるストレス解消法」
中野信子著「生きるのが楽しくなる脳に効く言葉」p26ともあります。
僕もメタボっぽいですし、少ない友人とも年々疎遠になっていきますね。
食べることがストレス解消になることは知っていましたが、
「孤独」もストレス解消になるのは知りませんでした。
テストステロンが分泌されるみたいです。
自分、将来のことも考えず、好きなことばかりしている気がしますが、
ストレスの存在故かもしれませんね。
病気がストレスを呼ぶなら。
ひきこもりの人とか、ストレス故にひとりになりたくなり、
故にひきこもるのかもしれません。
自分がひきこもっていた時は、大学にちゃんと通っていないことがストレスになり、
ストレス故に余計通えなくなり、大学に通えないからストレスがたまるのか、
ストレスがたまるから大学に通えないのか、卵が先か鶏が先かみたいになっていましたね。
最近は夜中目が覚めて辛いからPCに逃げるのか、
昼間眠いからあんまり外出出来ないのかで、卵が先か鶏が先かみたくなっています。
病院の先生には毎日が日曜日だから日中眠いみたいに言われています。
自分としては、日中、たいしたことが出来ないから、夜中にPCしちゃうのですが。
その割には、寝過ぎだからなー。と、眠剤を処方してもらえません。
自分としては夜寝て日中にPCしてもそれはそれでいいと思うのですが、
上手くいきませんね。

僕のいない悲しい世界

最近考えていること。
僕も病気になって入院したり精神病院へ通院したりするようになって十年くらい経ちました。当時、自殺未遂なんかもしました。自殺した人の幽霊は苦しいとかどっかで書いていたっけ。あの時、僕が死んだなら、苦しみもそろそろ終わる頃なんだろうな。だなんて。病気になって5年くらい経った頃からたまに思っていた。

そういうこともたまに考えるけれど、最近、僕が死んだ我が家のことをなんとなく考えて悲しくなる。あの時、僕が死んだならお母さんもお父さんも、そろそろ息子の死を乗り越えている頃だろうか。お母さんとお父さんの動作を見ながら、その世界に僕はいない我が家を想像してしまいました。
精神病の雑誌とかで、精神に病気を患った人が、消えたい欲求、最初から存在しない欲求に関して書いていたけど、それとも違う。
僕が悲しいのは今いる僕の世界に僕がいない悲しみ。うちは三人兄弟で僕が以外は自立している。頑張って三人も子供を育てたのに、皆、家から離れてしまったなら(そして、僕は自殺)お母さんとお父さんは喪失感とかあるんだろうなぁ。なんて考えて悲しくなっています。

今の世の中、地方の都市では、子供は中央っぽい都市へ就職しに行くのは当然かもしれない
でも、そんな世の中で、依存されるではなく、きっと共依存しながら、一緒に暮らしていた子供が家から離れて暮らす。ありきたりかもしれないけど、なんなんだろう。この悲しさは。

作業所に通っているうちに煙草をやめられました

自分は二年か三年くらい週一回くらい作業所に通っています。作業療法の面もあります。
作業所へ通って最初の一年くらい、所長が送迎をしてくれていました。
送迎の車中で色々おしゃべりをしたのですが、所長に禁煙した経験があって、
僕は当時、喫煙者で、でも何回か軽く禁煙に挑戦したことがあり、
禁煙成功者の所長の話は参考になりました。

煙草は段階的に相当値上がりしています。
障碍者年金をもらっていましたが、
煙草代の出費のせいで毎月赤字のようでありました。
という訳で、煙草なんて高級品。毎月の出費を減らすため、
僕は再び、禁煙に挑戦しました。

精神障碍者の喫煙率は健常者より高いという意見もあり、
喫煙者だった頃の僕は煙草だけが気晴らし であるかのようでありました。
禁煙した僕の気晴らしは ちょこちょこやるゲームだけ。に戻ってしまいましたが。

僕は出費を減らすために禁煙に挑戦しましたが、
直接的に煙草代が減る。以外にも出費は減ります。
僕が喫煙者だった頃は、絶対コレが欲しい。とか。
欲しいものが絶対欲しくてたまらなくなっていました。
それは 絶対に今、煙草を吸いたい。に通じます。

煙草を吸いたい。絶対吸いたい。
禁煙はそういう頑固さとの戦いでもあります。
禁煙した僕はあまり絶対欲しいとか、思わなくなり、
煙草代以上に出費がへりました。
今は毎月5千円~一万円くらい貯金をしています。

禁煙グッズは今の時代、色々ありまして、
禁煙ガムに禁煙パッチ 通院してお薬をもらって禁煙の薬を使って。とか。
禁煙パイポとか電子煙草とかもあります。
その中で、僕は、禁煙パッチで禁煙しました。
禁煙パイポも結構な味方でした。
喫煙者にとっては禁煙パイポは味が軽すぎて役に立たないのですが、
禁煙中、禁煙後は大きな味方となります。
禁煙中に読んだ禁煙マンガには 著者が「パイポ地蔵のようだ」と言われているのを読んで、
「パイポ パイポ パイポ アイアム パイポ地蔵」と自嘲しながら、
禁煙パイポを使用していました。
今でもたまに煙草を吸っていた頃がなつかしくなったりした時は 禁煙パイポを吸います。
そのマンガは<禁煙はじめました> (コミックエッセイ)伊藤三巳華著です。
読むだけで絶対やめられる禁煙セラピー [セラピーシリーズ]アレン・カー著も、
良かったです。空き時間とかもこういう本を読んで埋めました。
「らくらく禁煙アプリWii」というアプリも出ていて、禁煙継続に役立ちました。
禁煙して何日とか、禁煙後 何日目くらいによってアドバイスしてくれて、
何日目かに応じてアドバイスも変わってくれます。

禁煙ガム。電子タバコ。禁煙外来は 利用している間、煙草の本数が減りました。
本当は利用と同時に煙草を断たないとダメみたいですが。
僕の初めての禁煙は(少々吸っているんですが)禁煙ガムでした。親戚にもらったのです。僕には効果は薄かったですが、何も使わないで本数を減らすより大分楽でした。
ものすごいお金がなくて、煙草を買わずに、吸殻+ニコチンガム。
で半年くらい過ごしたこともあります。
この時、禁煙に使うお金があれば 禁煙出来たような勢いでした。
でも、お金がないから禁煙したかったのですが。
禁煙外来は通っていても少々煙草を吸っていたので苦しかったです。
禁煙出来ていないのにお医者さんに報告するのも辛かったです。
電子煙草は(当時の)アルバイト先が外で吸うルールで、
外へ行くのがめんどくさい時に、電子煙草で気分を紛らわしていました。
でもここ何年かあんまりお店とかでも電子タバコを売っているのを見ませんよね。
辞められた禁煙の時は、どこに売っているのかがわからなくて、
電子タバコを使えませんでした。

禁煙は禁煙のためにお金を遣うのを惜しまないくらいの余裕が欲しいですね。
僕もまず、禁煙パッチが高いですし、スルメ、パイポ、ガム、コーラと
口寂しさを紛らわすためのグッズにお金をかけるのを惜しみませんでした。
禁煙出来れば元は取れる。と自分に言い聞かせながら。

僕の治療の主役、ジプレキサ

自分が大学を卒業して実家に戻ることになった時、少々精神の調子を崩しました。
悪魔に憑りつかれる妄想が出ました。少々日をおいて冷静になれば妄想だったんだな。と思えるのですが、妄想や幻聴が出ている時は僕の中で事実になっています。
そんな時に処方されたのがジプレキサです。結構強い薬なのですが、普通によく効きました。僕も何種類か薬を服用しましたがジプレキサが一番効きました。問題は強い薬なので量を多く処方してもらえませんでした。それでもたまに飲み忘れていたのですが、月一回くらいで許容範囲だったと思います。それを野球観戦とかでやたら調子が悪い時に飲むと30分後くらいに効いてきて、強力に気分が落ち着きます。なので、本当はとんぷくとしても少々処方してもらいたかったのですが、一日20mgくいらがMAXで一日20mg処方されていたので、それ以上は処方してくれませんでした。
自分の症状の基本は不眠なのですが、ジプレキサは不眠にも効きました。眠剤を処方されたこともありますが、なかなか効かずに二日分いっぺんに飲んでやっと効くかんじで、毎日飲むのに抵抗があり辛かったのですが、ジプレキサは不眠にも効きました。少々眠気が来てから飲むかんじで夜型生活だったのですが、いつからか夕方頃飲んでいい頃合いで寝られました。
ということでジプレキサを一日20mg処方されていた頃は不眠も少々ありましたが、そんなに辛くなかったような。というのも現在はジプレキサの処方が減らされて1日10mgなので、また不眠の問題が再発しております。
ジプレキサを20mg処方されていた頃はいわゆる寝逃げも出来ました。幻聴が激しくて辛い時に早めにジプレキサを飲むと、寝逃げが出来るのです。
そんなジプレキサにも副作用があって。僕の場合、食べ過ぎと肥満が出ました。大学を卒業した頃、体重が80kgくらいだったはずなのですが、ジプレキサを飲んで10kg太りました。ついでに禁煙したら更に10kg太りました。禁煙して2年くらいして10kgくらい減らしましたが。太るということは、毎年されている採血の検査の数値が悪くて、ダイエットしなさい。と言われるようになりました。なのに、最近はちょっと増えたり減ったりの状態が続いていて悲しいです。一応、ダイエット中なのですが。って、ダイエット中を公言している人で上手くいっている人の比率は小さそうで大変です。
最近の不眠は深夜覚醒が主な症状です。ジプレキサ10mgとセロクエル3粒を飲んで眠たくなって、そのまま眠れる日としばらくしたら目が冴えている時があり、更にお昼まで寝ていることが多いので、一日が短く、深夜に目が冴えてからがPCタイムだったりします。週に2、3回深夜に目が冴えて眠気がなくなるのですが、その時しかPCが出来なかったりすると、やっぱり貴重でさっさと寝るにはもったいなかったりします。病院の先生にはもっと日中に活動するように指導されていますが、夜中PCしすぎて日中眠いので、日中にPCが出来ないので夜中にやりたくなるのです。卵が先か鶏が先かみたいな面も残しつつ。とは言え、日中やたら眠いのは冬だったからな面もあって、こうやって春になってみると少しづつ日中に何か出来るようになってきました。今日も週一の作業所に帰った後で午後5時うらいなんですけど、こうやって文章を書いています。逆に、週一回しか作業所に行っていないので帰った後に興奮して色々活動してしまう面もあったりします。興奮してとかで調子に乗らずに静かに過ごせば、作業所に週二回通えるかもしれないのに、こう調子に乗ってしまって次の日ダウン気味になっちゃうんですよね。作業所に週二回通うなら二日連続じゃないと辛いかんじなんですが、こう調子に乗ってしまうんですよね。でもいくら病人だと言っても、たまにこういうハイな日がなくて、毎日、安静に過ごすなんて、やっぱり辛いと思います。この病気は高血圧のようにずっと続く特徴があるみたいで、何年も何年も安静にし続けるだなんて、やっぱり無理だと思います。

皆さんの周りに潜む精神病

僕が統合失調症になったのは、僕が大学生の頃なんですが、それからたまに近所の僕が小学生、中学生だった頃通っていた塾へおしゃべりしに行っています。
基本、雑談なのですが、そこの塾長さんはゲームという存在を忌み嫌っていて、塾生がゲームにはまっているとか、そんなことを僕に愚痴ります。
僕はゲーム大好き人間でそういう話は耳が痛いのですが、たぶん精神病の雑誌に書いていたんですけど、夜中寝ないでゲームをして、昼間学校で睡眠を取る生活を送っている中高生とかは精神病絡んでいるらしいです。
ちなみに僕も高校時代、夜中にゲームをして、睡眠は学校で取っていました。親戚とか知り合いのお子さんで、そういう生活をしている人がいたら、精神病院に繋げた方がいいかもしれませんよ。
ちなみに僕は精神病患者で毎日が日曜日な人間ですが(まあ週一回作業所へ通っていますが)現在ゲームは夜にならないと出来ません。更に寝るのはものすごい早いです。なので夜中に目を覚ました時だけ2、3時間やります。多分平均して一日一時間くらいです。あんなゲームばかりしていた高校生も精神病院で治療を受けるうちに、ゲームは平均一日一時間な大人になりました。

僕が統合失調症を発症し、医療に繋がった日

僕は統合失調を患って14年になります。確か午年だったはず。西暦で何年はどうだったと問われてもよくわからないですが、干支で何年はどうだったか?と問えばなんとなくわかります。30代の僕としてはだんだんそういうのは把握出来なくなってきていますが。
午年のあの頃、アパートの隣りの人がうるさかったです。僕の悪口で友達と盛り上がっていました。今、冷静になって考えてみると本当に僕の悪口で盛り上がってたかは確信を持てませんが。なので、そこのアパートは壁が薄いこともあって、新築のアパートに引っ越しをしました。これで少しは住みやすく。はならなかったんですね。麻雀をじゃらじゃらかき混ぜる音と、酔っぱらったかんじで「ヒューヒュー」と叫ぶ音で寝れなくて。キレて前の隣人の窓ガラスを割りに行きました。そして、謝りに不動産のお店に電話して、なのにキレられてて、この辺が病気の発症でしょう。やってることが理解出来ないです。ずっとキレられてて僕は謝るしか出来なかった。けど謝っても謝っても許してもらえなかったです。心の声に。俺は神のしもべだ。が決めゼリフ。窓を割った元隣人の部屋へ、缶ビールを持って謝りに行くよう強いられたり、夜の近所を走るよう強いられました。知らない公園で交信したり、座ったり。夜が明けた頃、なんとなく知っている光景を見てアパートへ帰れた。
次の日は実家へ訳のわからない電話をかけまくった。でも死ぬほどの心の苦しさは止まらなくて。寝て起きてお昼頃、インターフォンが鳴って玄関を開けると両親がいた。
自分はその頃、関西に住んでいて、実家は北海道でした。奇跡的な出来事。なんか自分、病気の大変さを両親に丸投げしながら生きているような気がしてどうしようもないです。小さな恩は普通返し、中くらいの恩は恩にきて、大きな恩は何もしない。みたいなことをどっかで耳にした気はしますが、両親への大恩はどうにも受け取れなく、恩返しする目途もないです。
両親が来て、メンタルクリニックへ行きました。この状態から逃げたくてある程度ぶっちゃけたけど、自分は病気じゃない。とか言い張っていたような。レストランで親父に「殴ってみろ!」とか挑発して殴られたなぁ。
そのまま実家へ連れ戻されて起きたらチャリンコで隣町まで行ってしまったような。隣町の祖父母の家へ行ったら両親が来て精神病院へ連れていかれました。
精神病院で「俺は病気じゃない!」とか言うと、肩に注射を打たれて、白い部屋に連れて行かれて、外から鍵をかけれる部屋で(注射が効いて寝て)起きたら、ああ。俺は精神の病気になってしまったんだな。と思いました。
精神病院の入院は賛否ありますが、僕は感謝しています。おかげで自分が精神病だって自覚したし。